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2011年06月22日:Vol.69 神門英昭

リアルとヴァーチャルの狭間で

 こんにちは、神門英昭(ごうど ひであき)です。
 うめきた(大阪駅北地区)グランフロント大阪の開発事業者12社の一員
として、「感性と技術を融合して新しい価値を創造する」を合言葉に、中核
施設のひとつナレッジキャピタルの場と仕組みづくりに取り組んでいます。
 KNSには第20回定例会in甲南大学から参加させていただいています。
世話人の一人である樽谷さんから、とある情報交換会のメーリングリストへ
よくKNSを紹介されていたので興味をもっていました。たまたま遠方での
開催が多かったこともあり、参加できていませんでしたが、歩いて行ける甲
南大学で初参加した後は、定例会には九割がた参加しています。

神門英昭

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2011年06月15日:Vol.68 三澤誠

田舎発のチャレンジ

 「息子が都会にいるのだが、帰って来いとも言えない…」と言う内容の話
を高齢のご夫婦から聞きました。
 島根県の奥出雲で生活をして事業を営む者として、限界集落の問題や少子
高齢化の問題は目に見えて感じると同時に、子供達や孫の時代の為に今自分
に何が出来るだろうと常に考えさせられます。
 九十歳を過ぎた方が孫のためにと植樹をしたり、東日本大震災で被災され
た方が震災直後に球根を探し出して植えられたりと、今を生きる責任とは将
来に何を伝えられるか、どんな選択肢を次の世代に残せるかではないかと思
います。

三澤誠

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2011年06月08日:Vol.67 小笠原徳

「日常」に感謝

2回目の登場になります。小笠原徳@岩手県庁沿岸広域振興局です。
この度の東日本大震災では、皆様から多くのご支援をいただき、改めて御礼申し上げます。
間もなく、東日本大震災から3ヶ月が経ち、私の勤務する釜石も大分落ち着いてきました。「復興」に向けた取り組みも各地で始まり、日に日に加速していることを実感しています。

あの地震の時、一橋大学大学院(当時)の関教授や岩手大学地域連携推進センターの佐藤利雄さんをお招きし、セミナーを開催するため、私は釜石市の中心部におりました。

小笠原徳

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2011年06月01日:Vol.66 小野寺純治

築130年の民家が体験してきた地震

 昨日(5月28日)のINS総会&春季講演会は「震災から立ち上がろう!
岩手」をテーマに岩手大学で開催され、全国から180名の方が参加してくれ
た。KNSからはおなじみのメンバーに加え、フレッシュなメンバーも合わ
せ15名もの参加があった。多くの仲間が千キロも離れた大阪から岩手に集
ってくれる、非常にうれしく、心強い連帯を感じた。
 私は1951年9月生まれの59歳。岩手県内陸南部の町、金ヶ崎町で生まれ
育った。生家は400年ほど続く農家であり、私が生まれ育ち、現在も週末を
過ごす家は、1880年(明治12年)の建築で130年ほど経過している。この
金ヶ崎の我が家が体感した地震について記してみたい。

小野寺純治

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2011年05月25日:Vol.65 山内祐二

人は成長するものではなく、生まれ変わるもの

<帰省>
5月の11日から熊本県水俣市に行ってきました。
水俣は私の故郷で48年前にこの地に生まれました。帰省したのは父が亡く
なったためです。享年75歳、6年半の闘病生活の末甲斐なく亡くなりました。
それまで母一人で自宅介護につとめました。母の希望でした。非常に仲の良
い二人で愛し合っていました。ですから発症当時に亡くならず6年半もなが
らいでくれたことは大変良かったことと思っています。そんな二人の背中を
見させてもらって私はありがたく思っています。二人の子供で良かった本当
に思います。 

山内祐二

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2011年05月18日:Vol.64 豊岡敬

むかし半島だった上町台地

講談社顧問で、坂道研究家である山野勝氏が会長で、タレントのタモリさん
が副会長を務める、「日本坂道学会」は、坂道を愛好・研究する「自称」学
会なのだそうですが、会員は、先の二人以外には居ません。

「日本坂道学会」でも多分研究が進んでいるのだと思いますが、大阪には「天
王寺七坂」というのがあります。北から、真言坂、源聖寺坂、口縄坂、愛染
坂、清水坂、天神坂、逢坂とあり、これに学園坂を加えて「天王寺八坂」と
呼ばれることもあります。天王寺区内の上町台地西側を下っていく坂で、い
ずれも個性的で魅力ある坂道です。またこの付近一帯は、名泉どころとして
知られており、増井、逢坂、玉出、安居、土佐、金竜、亀井の七名泉と呼ば
れ、江戸時代にはこのあたりの水を汲んできて、売り歩く、「水屋」という
商売も盛んだったそうです。そんな訳で、水は豊富で、大阪市内唯一の滝で
あるとされる「玉出の滝」も清水坂の近くにあります。

豊岡敬

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2011年05月11日:Vol.63 中塚一

防災まちづくり、コミュニティ、まちなか再生の現場から

 KNSでは、飲み会参加中心の、アルパック?地域計画建築研究所の中塚一
です。
先ずは、今回の東日本大震災において、被災させた皆様に心よりお見舞い
申し上げるとともに、犠牲になられた方々、遺族の皆様、親友をなくされた
皆様に対して、深くお悔やみを申し上げます。
地域・まちづくり支援、市街地整備や住環境改善等を生業にしている者と
して、大阪での毎日の暮らしの中で、阪神淡路大震災の場合と違う、被災地
との何とも言えない隔たり感を感じています。今は、東北が少しでも元気に
なるように関西から元気を発信し、先ずは被災された方々が普通の生活に戻
れるよう、早期の復旧・復興をお祈りしております。
阪神淡路大震災で、「人生でこんなコトに携わるのは一生で一回だけやろ」
と思っていたのですが、被災地の未曾有の衝撃的な映像や被災された方々の
声を聞くたびに、言葉も出ない状況です。

中塚一

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2011年04月27日:Vol.62 芦谷正人

誰もがクリエイターになる時代

KNSメンバー、株式会社DRIVEの芦谷です。
僕の仕事はデザイナーです。

ホームページやロゴマークをデザインして
企業やお店の“ブランディング”をするのが仕事です。

そんな僕は今回の震災で
「これで日本のデザイン業界も終わったかな〜」
と感じました。

なぜなら震災地域の復興やら経済危機やらで
企業がデザインに投じる予算を
大幅に削減されると感じたからです。

芦谷正人

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2011年04月20日:Vol.61 福川粛

はじめの独り言

KNSでは陽炎のような存在になっておりますプレス・サリサリコーポレーションの
福川粛です。最近、新聞記事等でよく目にする「自粛」の粛が私の名前です。マス
メディアで私の名前が活字になるときは、だいたいが「粛清」か「自粛」ですから、
なんとなく縮みあがってしまうイメージで、さらに「静粛」「厳粛」とくれば、
「すみません。名前負けしてます」と小さくならざるを得ません。

福川粛

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2011年04月13日:Vol.60 エサキヨシノリ

伝えたいのは、情報ですか? 情熱ですか?

「クリエイターやマーケッターならまだしも、広告代理店営業マンが独立して、
成功した話なんて聞いた事ないわ。悪い事、言わへんから、やめとけ。」
当時の上司や同僚に、そう言われながら、それでも僕は、その場所に留まる事ができませんでした。

憧れて飛び込んだ広告(販促、PRなども含めた企業コミュニケーション活動を
広義の解釈としての【広告】という表現で以後、お話し致します)の世界。
自己実現のため「上」を目指し続けた当時の僕。
しかし僕が目指した世界にあったのは、クライアントの意向と社内政治、
競合広告代理店との競争の間で心身がボロボロになっていく上司や仲間の姿、
そして消費者を半ば無視した机上だけで創られる広告のあれこれ、であり、
それは仕事の規模が大きくなればなるほど顕著に現れました。

エサキヨシノリ

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