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2010年06月23日:Vol.20 水谷好宏

KNS ひとりごと

まずは、簡単に自己紹介から。
ITバブル絶頂の時に、今や伝説のインキュベーション「Mebic扇町」で起業しました。
ホリエモンが逮捕されたときには、同じ起業家としてインタビューまでされました。
(インタビュー自体は放送されませんでしたが、その時の質問「なぜ起業されたのですか?」が、今でも残っています。)
そのインキュベーションでは、創業から5年間いろいろお世話になり、現在は、大阪市の扇町界隈で、ぼちぼちIT企業をやっています。
ギョーカイでの芸歴は、かれこれ18年にもなり、若手ともいえませんが、息のながーいひな壇芸人を目指しています。

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2010年06月16日:Vol.19 西村成弘

教育問題に寄せて

去る5月29日の定例会のKNSカフェのテーマに「社会に役立つ学生の育て方」というものがあったが,
教育というものは,じつに難しいものだなあと思う。
僕は大学で研究活動・教育活動に携わっているが,結局できることといったら,
自分がどういった成長過程をたどってきたのかを振り返り,それをもとに学生と対話することくらいではないかと思う。

僕の成長過程はどのようだったか。恥ずかしながら,ちょっと過去を振り返ってみたいと思う。

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2010年06月09日:Vol.18 奥田三枝子

7年前の出会いと、いま感謝の気持ちを込めて

みなさん、こんにちは。
とよなかインキュベーションセンターのおくだです。
何を書こうかとずいぶん悩みましたが、KNSでよく聞かれることをお話したいと思います。

(出会いはメビック)
KNSとの出会いは、2003年のメビックオープニングイベントでした。
当時、2年間勤務したサンソウカンの契約が終わり、ある企業に勤めていたものの、
やはりIM(インキュベーションマネジャー)を目ざしたいと思っていたため、何かしらの繋がりを探っていた時期でした。

奥田三枝子

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2010年06月02日:Vol.17 武村智司

KNSとの出会い、感動、そして、これから

 みなさま、こんにちは、滋賀県の武村です。
 KNSの世話人をさせていただいています。
 2003年に近畿経済産業局に出向していた時に、「産業クラスター活動」に関わっていました。
その時、KNSの産業クラスター研究会に参加したのが、KNSに関わったきっかけです。
KNSの活動に参加していくうちに、関西地域の大学をはじめ、
青森、三重、岡山、広島、沖縄での定例会などに出席して、各地の素晴らしさに出会いました。

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2010年05月26日:Vol.16 濱名研

地理学と学生と社会人

皆さま、こんにちは。(有)協働研究所の濱名です。
初めてのコラムですので、個人的な思い出話などを書いてみたいと思います。

私の仕事は主に産業振興関係の調査です。
KNSでは、まちづくり研究会や中国ビジネス研究会などで活動しています。
なぜ今KNSでこんなことをしているのかと振り返ると、きっかけは学生時代に学んだ「地理学」のようです。
大学での「地理学」というのは高校の「地理」とはちょっと違います。
怒られるかもしれませんが、ある意味、小学校の社会科の「郷土学習」に近いかもしれません。

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2010年05月19日:Vol.15 樽谷昌彦

私にとってのKNSとは?

 みなさま、こんにちは。樽谷です。
いよいよ順番が回ってきました。「コラム」とは?
・・・何を書けばいいのかな?と思って考えている間に、
期日が来てしまった感じです。
 私にとってのKNSとは?と考えると、やはり、人との出会い、
そしてそこから生まれる新しい出会いと結果でしょうか。
今月5月1日は、私にとって創業3周年の記念日でした。
「石の上にも3年」と言いますが、創業後まず初めの3年をクリアすればとりあえずは一段落、
と思い正直ホッとしています。
KNSへの参加はこの独立開業とも切り離せないと思いましたので、
今までの道のりを振り返る意味でこのテーマにさせていただきました。

樽谷昌彦

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2010年05月12日:Vol.14 安藤幹根

たまたま

 私は、日常生活において「たまたま」という言葉をよく使っている方だと思いますが、
たまたまという偶然の状況が知らず知らずのうちに自分自身の人生(?って、ちょっと大げさか)を左右していると考えることが時々あります。
もともと産官学民連携に何の縁もゆかりもなかった私がこうしてコラムを書くことになったのも、まさにたまたまですが、
このような状況に至った過程をちょっと振り返ってみます。

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2010年04月28日:Vol.13 中川裕之

ものづくり立国NIPPON Made in Osaka Japanにこだわって

 みなさま、今回の担当は、中川鉄工?の中川 裕之(ひろし)が担当です。
まずは簡単な自己紹介からさせていただきます。私は1968年1月に大阪市は天王寺区で産声を上げました。
その後就職で2年間ほど修行のため親元を離れましたが、生まれも、育ちも、そしてビジネスの基盤もここ大阪です。
家族は嫁さんひとり、と娘が2人、息子が1人の5人家族です。
現在中川鉄工株式会社の代表取締役をさせていただいております。

中川裕之

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2010年04月21日:Vol.12 吉田真二

岩手県?KNSとボクと、時々、吉本?

平成20年4月岩手県大阪事務所に赴任し、今年3年目に入りました。
大阪事務所には岩手県から3名の職員が配属になり、
観光客誘致、物産販売、企業誘致を大きな柱に仕事をしています。

(青森、岩手、秋田)
岩手県では、前の増田知事の時代に、「制度・形式としての道州制でなく、
効果がある個別の事業の積み重ねの上に道州制を置こう。」
と当時の青森県知事、秋田県知事に呼びかけ、観光分野を手始めに、
大阪事務所も7年前に三県の合同事務所となりました。

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2010年04月14日:Vol.11 千葉正克

大阪に来て5年が過ぎました

岩手から大阪に来て、5年が過ぎました。
24年前(’86)に、文部省内地研究員として、現在の大学の研究室に10カ月間お世話になりました。
ワンダーシビックにふとん等を詰め込み、仙台港→名古屋港までフェリーで来ました。
10カ月はあっという間でしたが、過ごしてみて、関西は大学が多く研究会が活発という半面、
テンポが速くて自分には向かない。また、住民は信号を守らず、路上駐車が多く、住みづらい。
という印象を持って岩手に戻りました。

千葉正克

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