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2011年05月18日:Vol.64 豊岡敬

むかし半島だった上町台地

講談社顧問で、坂道研究家である山野勝氏が会長で、タレントのタモリさん
が副会長を務める、「日本坂道学会」は、坂道を愛好・研究する「自称」学
会なのだそうですが、会員は、先の二人以外には居ません。

「日本坂道学会」でも多分研究が進んでいるのだと思いますが、大阪には「天
王寺七坂」というのがあります。北から、真言坂、源聖寺坂、口縄坂、愛染
坂、清水坂、天神坂、逢坂とあり、これに学園坂を加えて「天王寺八坂」と
呼ばれることもあります。天王寺区内の上町台地西側を下っていく坂で、い
ずれも個性的で魅力ある坂道です。またこの付近一帯は、名泉どころとして
知られており、増井、逢坂、玉出、安居、土佐、金竜、亀井の七名泉と呼ば
れ、江戸時代にはこのあたりの水を汲んできて、売り歩く、「水屋」という
商売も盛んだったそうです。そんな訳で、水は豊富で、大阪市内唯一の滝で
あるとされる「玉出の滝」も清水坂の近くにあります。

豊岡敬

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2011年05月11日:Vol.63 中塚一

防災まちづくり、コミュニティ、まちなか再生の現場から

 KNSでは、飲み会参加中心の、アルパック?地域計画建築研究所の中塚一
です。
先ずは、今回の東日本大震災において、被災させた皆様に心よりお見舞い
申し上げるとともに、犠牲になられた方々、遺族の皆様、親友をなくされた
皆様に対して、深くお悔やみを申し上げます。
地域・まちづくり支援、市街地整備や住環境改善等を生業にしている者と
して、大阪での毎日の暮らしの中で、阪神淡路大震災の場合と違う、被災地
との何とも言えない隔たり感を感じています。今は、東北が少しでも元気に
なるように関西から元気を発信し、先ずは被災された方々が普通の生活に戻
れるよう、早期の復旧・復興をお祈りしております。
阪神淡路大震災で、「人生でこんなコトに携わるのは一生で一回だけやろ」
と思っていたのですが、被災地の未曾有の衝撃的な映像や被災された方々の
声を聞くたびに、言葉も出ない状況です。

中塚一

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2011年04月27日:Vol.62 芦谷正人

誰もがクリエイターになる時代

KNSメンバー、株式会社DRIVEの芦谷です。
僕の仕事はデザイナーです。

ホームページやロゴマークをデザインして
企業やお店の“ブランディング”をするのが仕事です。

そんな僕は今回の震災で
「これで日本のデザイン業界も終わったかな〜」
と感じました。

なぜなら震災地域の復興やら経済危機やらで
企業がデザインに投じる予算を
大幅に削減されると感じたからです。

芦谷正人

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2011年04月20日:Vol.61 福川粛

はじめの独り言

KNSでは陽炎のような存在になっておりますプレス・サリサリコーポレーションの
福川粛です。最近、新聞記事等でよく目にする「自粛」の粛が私の名前です。マス
メディアで私の名前が活字になるときは、だいたいが「粛清」か「自粛」ですから、
なんとなく縮みあがってしまうイメージで、さらに「静粛」「厳粛」とくれば、
「すみません。名前負けしてます」と小さくならざるを得ません。

福川粛

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2011年04月13日:Vol.60 エサキヨシノリ

伝えたいのは、情報ですか? 情熱ですか?

「クリエイターやマーケッターならまだしも、広告代理店営業マンが独立して、
成功した話なんて聞いた事ないわ。悪い事、言わへんから、やめとけ。」
当時の上司や同僚に、そう言われながら、それでも僕は、その場所に留まる事ができませんでした。

憧れて飛び込んだ広告(販促、PRなども含めた企業コミュニケーション活動を
広義の解釈としての【広告】という表現で以後、お話し致します)の世界。
自己実現のため「上」を目指し続けた当時の僕。
しかし僕が目指した世界にあったのは、クライアントの意向と社内政治、
競合広告代理店との競争の間で心身がボロボロになっていく上司や仲間の姿、
そして消費者を半ば無視した机上だけで創られる広告のあれこれ、であり、
それは仕事の規模が大きくなればなるほど顕著に現れました。

エサキヨシノリ

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2011年04月06日:Vol.59 北嶋修

新年度にあたり

皆さん、こんにちは。南の島に住んでいるのに北嶋です。
4月から琉球大学(産学官連携推進機構)から株式会社 沖縄TLOに移りました。
今後とも宜しくお願いいたします。

まず、この度の大震災について、東北・関東の皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
震災から半月以上が経過していますが、いまだに大変な状況かとお察しいたします。
一日も早い復興を祈念しております。

北嶋修

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2011年03月30日:Vol.58 松原清恵

INS、KNS、そして日本

 まだ 4年しか経っていなかったのですね・・・もっと昔のように思うのですが。
私が KNSと出会ったのは、 2006年 1月日本帰国後、財団法人大阪産業振興機構にて
ビジネスアドバイザーを務めていた際、同機構ウェブサイト広告で
「岩手大学新技術説明会」を発見、同説明会への参加に遡ります。
同年 11月 24日同説明会及び第 6回 INS in関西前夜祭パーティに、
翌 25日第15回定例会に参加し、 INSと KNSに同時に出会い、その感動冷めやらぬまま、
以後今日に至るまでできる限り多くの定例会、分科会に出席し、各会にて様々な方面で
活躍される方と出会い、名刺・情報交換を重ねて参りました。

松原清恵

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2011年03月23日:Vol.57 榊剛夫

内モンゴルに行ったときの話

数年前から4回ほど、内モンゴルに行きました。
内モンゴルは中華人民共和国の内モンゴル自治区のことです。
日本の面積の約6倍の大きさがあり、モンゴル人は350万人程住んでいます。
しかし、漢人が移り住んできて今では、人口の8割を占めているそうです。
独立国のモンゴル国とは、別です。

榊剛夫

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2011年03月16日:Vol.56 大倉清教

まごころのネットワーク

ケプラデザインスタジオ 大倉清教です。悲惨な災害が起きている状況で
このコラムを書いています。

日本だけでなく世界中から援助の手がさしのべられる中、遅々として現地
での救助が進まない状況と被災された方が家族の安否を気遣う姿が報道
されると胸が張り裂けそうに痛くなります。

私は一昨年以来、茨城県つくば市と福島市の新庁舎建設計画に携わり、
毎週のように現地に出張していましたので、他人事とは思えません。
その中で、娘がネット上に公開された「夢の国」と題したブログを見つけ
教えてくれました。あまりに感動したのでそのまま紹介します。

大倉清教

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2011年03月09日:Vol.55 堀越規子

『人と人との繋がり』に感謝

【KNS参加へのきっかけ】
それは某キャリアコンサルタントの独立11周年記念パーティーでのこと。
偶然同じパーティーに出席していたN川さんにナンパされた事が始まりでした。
そして2008年5月16日『第25回定例会 in 同志社大学今出川キャンパス』に初参加。
『異分野大規模プレゼン大会』にすっかりハマリました!
多種多様な業種の人が年代や職業、立場を越えて活き活きとプレゼンする姿に驚愕。
「こんな面白い大人たちみたことないっ!」
今でも脳裏に焼きついているのは「エサキ氏 情熱の学校」「ポジカル白井氏 仮想空間での新卒採用」「増見氏 OAVE」のプレゼン。
脳内ドーパミンが分泌しまくりな1日だったことを今でもはっきり覚えています。

堀越規子

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