2010年08月18日(水) Vol.28 小笠原徳(KNS東北支部世話人(岩手県))

KNSはありがたきかな

(大阪へ)
東北支部世話人で岩手県職員の小笠原徳です。4月から沿岸広域振興局(所在地:釜石市)におります。
早いもので、大阪から岩手に戻り6年目になります。
初めて大阪に行ったのは20数年前。
たった2日間の出張でしたが、何かものすごくエネルギッシュで強烈な印象を受け、
以後漠然と大阪での生活を夢見ていたら、やがてそれが現実になりました。

(INSinおおさか)
KNSとの関わりは、平成14年に岩手県大阪事務所に転勤しまして、
その年に開催された「第2回 INS in おおさか」のお手伝いをしたことがキッカケです。
ちなみに、前年に開催された「第1回 INS in おおさか」では、岩手県大阪事務所へ案内を出したにも関わらず
無視したそうで、お手伝いをした時は非常に肩身の狭い思いでした。

小笠原徳

「第2回INS in おおさか」で感じたことは、「岩手」の名がついているにもかかわらず、
関西の方々が多く参加されていたこと、初対面の方々が多いのに楽しくお話させていただき、
とても盛り上がったこと。
「くいだおれ」の大広間に収まらず、エレベーターホールでも酒を酌み交わしていた風景は
今でも目に焼きついています。

大阪事務所では、岩手をPRするためのイベントを開催していましたが、
集客は県人会頼みで、いつも同じ顔触れ。
他県も同じ状況で、そんなものだと思っていましたので、
関西の方々が圧倒的に多い「INSinおおさか」は衝撃的でした。
当時、岩手県は大阪に事務所を構えて40年近く、INSは大阪で2年目の交流会。
この人脈の差は何?

(KNSでの役割)
「第2回INS in おおさか」が終わってから、
関西でもINSのようなグループを立ち上げようと設立発起人会ができることになり、
幸運なことにお誘いをいただきました。嬉しさ半分、不安半分。
なぜなら、私は産業振興に携わった経験がないど素人。
産学官連携といっても何ができるだろうか、何をすればいいのだろうか、かなり悩みましたが、
くいだおれでの出会いを思い出し、とりあえずお引き受けしました。

その後、準備を重ね、翌年6月にめでたくKNSが発足。
その後も引き続き世話人をさせていただき、定例会、研究会と手当たり次第に参加し、
少しずつ理解できるようになりましたが、依然、自分には何ができるかを見出すことができず、
ずっと不安を抱えていました。

そんな中、世話人として「KNS定例会&第3回INSinおおさか」を担当させていただくことになり、
より岩手を強くPRしよう(実は前年のリベンジ)と、当時の増田岩手県知事に出席してもらいました。
県内部ではいろいろありましたが、交流会まで盛り上がり、
最後に知事が「産学官連携における行政の役割は飲み会をセットすること」と発言され、
会場を後にしました。
意外にもこの言葉で「できることを見つけてやればいいんだ」と割り切れるようになり、
不安が吹き飛びました。

(風が吹けば桶屋が儲かる)
KNSではいろいろな方々と出会い、予想外の展開になりました。
印象的なひとつに、浅利さんとの出会いがあります。
2回目の定例会だったと記憶していますが、サイクルツアーのご相談でした。
その後、平野の皆さんとの出会い → 平野コットンクラブへの加入 → VIX岩手サイクルツアー実現 →
岩手メンバーとの交流 →そしてなぜかスキーインストラクターに!?と展開しました。
風が吹けば桶屋が儲かる!? (スキーインストラクターは全く儲かりませんが、、、)

(第2のふるさと)
KNSに行くと、いろいろな出会いと展開があり、戸惑いつつも、
いつも「面白さ」を感じていましたし、それで「元気」になりました。
転勤で岩手に戻ってからも、くじけそうになったり、落ち込んだりしたときには
KNSに行ったり、メンバーにお会いすると元気を回復どころか、倍増させることができました。

 ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく

これは皆さんご存知の石川啄木の短歌。
関西弁を「訛」というのは失礼ですが、私の心境はこんな感じでしょうか、
人ごみのなかでそを聴くととてもなつかしく感じます。
KNSでは多くの方が岩手のファンになっていただきましたが、私も関西の大ファンになりました。
そろそろ、元気エネルギーも無くなりかけてきましたので、充填しにKNSへ帰省!?したいと思います。

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