2010年06月09日(水) Vol.18 奥田三枝子(KNS世話人(とよなかインキュベーションセンター))

7年前の出会いと、いま感謝の気持ちを込めて

みなさん、こんにちは。
とよなかインキュベーションセンターのおくだです。
何を書こうかとずいぶん悩みましたが、KNSでよく聞かれることをお話したいと思います。

(出会いはメビック)
KNSとの出会いは、2003年のメビックオープニングイベントでした。
当時、2年間勤務したサンソウカンの契約が終わり、ある企業に勤めていたものの、
やはりIM(インキュベーションマネジャー)を目ざしたいと思っていたため、何かしらの繋がりを探っていた時期でした。

奥田三枝子

そんな中、メビックのオープニングイベントがあると聞いて、出かけたのです。
そこには、私の思惑通り行政関係の方、IMさんなど、IMを目ざす私にキッカケがつかめそうな、
私に言わせてみれば「美味しそうな人たち」が沢山おられました。(笑)
とは言え、結果的にはその後、約2年近くは紆余曲折があり、IMではなく色んな経験をしたわけですが。。。
このときの大きな成果としては、KNSとの出会いでした。

KNSとの出会いとは、具体的に言うと堂野さん、与那嶺さんとの出会いです。
誰の紹介で堂野さんにたどり着いたのか覚えてないのですが、堂野さんと名刺交換をし、
その堂野さんが与那嶺さんを紹介してくれて。。。と、なったのだと思います。
でも実は全く覚えてないのです。。。ごめんなさい。

この時にKNSの設立総会の案内をいただいたのです。
当時は、一人でメビックのオープニングに行くのも、かなり勇気を振り絞って出かけたのですが、
ほとんど知っている人がいない、しかも何の集まりかも全くわからないところに出かけることには、
かなり勇気が必要でした。
でも、何が何でもIMの仕事がしたい、そのために人との繋がりを強力に求めていた時期なので、
かなり心細いまま出かけて行ったことを覚えています。

結局、そこに行った事がきっかけでKNSに入り、いつの間にか世話人に加えていただいて今日に至る。って感じです。
実は、メビックのオープニングイベントから、設立総会、世話人に入ったあたりの記憶がほとんどなくて、
気がつけば毎月1回の世話人会議の後は、食事に行き、その後、平日にも関わらず2時3時まで飲んでいた、、、
という記憶に飛んでしまいます。(笑)

(現職へのきっかけは、言い続けたこと)
当時、40歳前後の男女が明け方まで飲んで、馬鹿話やちょっとエッチな話ばかりではなくて、
結構まじめな議論などもしていました。今思うと、変な集まりだったでしょうね。きっと(笑)

そんな時に、フラフラしていた私はよく、「奥田は何がやりたいねん?」って聞かれ
「IM、“私にはこれしかないから!”といい続けていました。
その後1年半くらい経ち、今の社長、与那嶺さんが一緒にやらないか?と今の豊中での仕事を誘ってくれたのでした。

それまで、明け方まで一緒に飲んで馬鹿話をしながら「よなちゃん」と、呼んでいたのですが、
さすがに職場では「与那嶺さん」と呼び方を改めました。(笑)

(KNSでの経験が全て活きている)
KNSの定例会では、受付や交流会の司会などをすることが多いのですが、
KNSに入った頃は、実は人前で喋ることもできませんでした。
初めて定例会で司会をしたときは、非常に緊張したことを覚えています。
今では、台本無しの交流会司会でもへっちゃらですが。(笑)

こうして人前で話をすることも、イベントの運営方法も、ネットワークの作り方も、みんなこのKNSで学びました。
これら全てが今の仕事に活きています。
そして何より、辛いことがあってもいつも笑顔で前向きに行動するみんなの姿に励まされています。
いい年した所謂、世間では、おっちゃん、おばちゃんが集まって、
子どものように「楽しいことしようぜっ!」とやれることが楽しくて、
「出来ることだけやればええねん!」ということに救われています。

KNSに出会えたことに感謝し、これまで支えてくれた仲間に、心から「ありがとう!」です。

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