2018年04月18日(水) Vol.407 中村稔(原子力発電環境整備機構)

「何が『地方』を起こすのか」- 第二弾に向けて

KNSの皆さんは、「地方消滅」という衝撃的な言葉にどんな思いを持たれたでしょうか?
我が国で急速に進行する少子高齢化や地方経済衰退などの課題は、言うまでもなくその解決に向けた取組みが焦眉の急となっています。こうした中で、「地方の時代」「地方創生」といったスローガンでこれまで取り組まれてきた地方振興には、今後、一層の成果を生んでいくことが求められていると言えるのではないでしょうか?

中村稔

この地方振興という長年の課題に取り組むに際し何がキーポイントとなるのかについて、北海道から沖縄まで実際に足を運んで数多くの方々から話を聞いたり実例を見せて頂いたりしながら国と地方自治体で様々な取組みを実践してきた経験を踏まえ、様々な分析などを加えて提言したものが拙著「何が『地方』を起こすのか」(国書刊行会)です。
加えて、こうした困難な課題への取組みを通して、「戦略と戦術と方法論の関係」など日々のビジネスにも不可欠な視点をも提示してみたいと考えました。
すなわち、何かに取り組む際に、「何故、何のためにするのか」という戦略と、そのために行うべき「戦術」と、その実現のための「方法論」は、一貫性がないと効果を生みません。特に、地方振興という困難な課題の解決には、こうした戦略と戦術と方法論が一体となってはじめて大きな結果を生むことが可能になります。
例えば、外国からのインバウンドの重要性は、単に外国から来た人にお金を落としてもらえば良いということだけではなく、その地域の魅力に触れてそれを拡散してもらうこと、それを通じて日本のファンを一人でも増やすこと、その結果として、我が国の経済発展やさらには安全保障の実現に寄与していくことにあるのではないでしょうか? 
戦略や目的に基づく目標設定が適切でないと何をやるかがはっきりせず、その実現の方法にも狂いが生じます。
 つまり、地域振興を考えるとき、何をやるのか(WHAT)、どうやるのか(HOW)も重要なのですが、何故・何のためにするのか(WHY)が基本にあるべきだと考えます。
拙著「何が『地方』を起こすのか」の中で取り上げた垂仁天皇と田道間守(たじまもり)の「橘」をめぐる物語も、今から約1900年前に、何故、垂仁天皇は不老長寿の実といわれる橘を大陸から日本に持ち帰るよう田道間守にお命じになられ、何故、田道間守は命からがら海を渡って橘を持ち帰ったのに垂仁天皇の崩御に間に合わなかったことを苦にして命を絶ったのか、といったように「何故」を問うことが歴史を動かす背景を明かにしてくれることを教えてくれています。
私なりの答えは、垂仁天皇は、中国の秦の始皇帝のように自分が長生きをしたかったのではなく、薬も十分にない時代に疫病などに倒れる民を(現在も漢方薬として利用される柑橘類の祖先である)「橘」で救いたいとお考えになり、その思いに何とか応えようとした田道間守との間で共有された志(戦略)が田道間守を突き動かし、何度も嵐に遭いながら十数年かけて命がけで海を渡って橘を持ち帰ったということだと思います。ちなみに、奈良の大和郡山にある垂仁天皇陵のお堀には、御陵に寄り沿うように田道間守を祀る小島が浮かんでおり、田道間守は、民間人で唯一天皇陵に祀られている人物だと言われています。
なお、こうした歴史を踏まえて発足した「橘街道プロジェクト」の立ち上げには、KNSが大きな推進力となったのですが、この経緯についても、本書の中で紹介してあります。
本書の内容には日々の仕事や生き方のヒントになる話が満載してあり、参考文献も数多く掲載してあるので、必ずや皆さんにとって何らかのご参考になると思います。ぜひご一読頂くことを期待する次第です。
 加えて、本書の内容に対するご感想やご意見とともに、地域振興に関するお考えなどをお聞かせ頂けると、今後、もしかしたら、「何が『地方』を起こすのか」の第二弾につながるのではないかと期待しているところです。
KNSの皆さんからの引き続いての御支援・御鞭撻をよろしくお願いします。

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